『え』 縁 えにし

わたしは基本的に物事にこだわる性質である。
こだわると言うより、執着するといったほうが正しいかもしれない。

その傾向は人にも、物事にも、物にも
ありとあらゆるものに向けられる。

自分が執着してしまう人に受け入れられない
      執着してしまう物事がうまく行かない
      執着している物が手に入らない


それに自分が耐えられなくなり、しばしば逃避行動として、妄想の世界に入ってしまう。
yumeの中でいくら妄想を働かせていてもututuでは、なにも変わらない。
それは当たり前のこと。

自分をututuにひきもどすための呪文としてわたしは唱える。

縁があればきっとわたしの手許に来る
縁がなければそれまでのこと。


くりかえし、くりかえし、もう何年も自分に言い聞かせてきた結果、かなり有効な呪文になりつつある。

現実から逃避するための呪文ではない。
自分をututuに繋ぎ止めるための呪文。

手に入れるために何もしないわけではない。
できうる限りの手は尽くす。

それでも

どうにもならないututuと折り合いをつけつつ
将来への希望も失わないよう


       
  コトバがわたしを正気のままに
           yumeとututuのハザマから引き戻す。




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by fusyou-kumahachi | 2006-05-09 00:26 | yume

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