人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『く』 空虚 くうきょ void

心の中が空虚だと感じたときヒトはどうするだろう。

心の中に何も無い、本当の虚無を抱えているヒトはいるのだろうか。


わたしの心の中は何によって占められているのだろう。

日々の暮らし

愛しさ
憎しみ
ねたみ
希望
不安

こうして言葉にすれば実に様々なモノが心の中にある。
コトバにできない感情もこれ以上に詰まっている。

では、それらのモノで心が満ち足りているのか?といえば、必ずしもそうではない。
空虚な部分は歴として存在している。

貴方の心の中には空虚な部分はないだろうか?
それを見つけてしまったとき貴方は何を感じるだろうか?

空虚な部分を見つけてしまうと、ヒトはとたんに不安になる。
むなしさを満たすために何かをしなければならないとあせってしまう。
それが新たな不安を呼び、空虚な部分をを満たしていく。

空虚な部分が不安で埋まってしまってもヒトはけっして満足しない。
不安は空虚の大きさを何倍にも大きく感じさせるだけ。


心の中に空虚な部分がある事がなぜそんなに不安になるのだろう。


満ち足りていることだけが幸せだろうか。

おなかが空いた子供のように
ただ何かで満たしたくてあせっているだけなのではないのだろうか。



何かの本で読んだことがある。
      『物事を動かすことのできるのは≪無≫の部分である』



昔 子供のころに遊んだ数字をそろえるパズルのように
ひとつ開いてる部分が全体を動かす。
9個揃っているままでは何も動いてはいかない。


何も無い場所があるからこそ
心の中の様々な感情を動かしていけるのではないだろうか。


ココロの中の≪空≫な部分はこれから貴方が手に入れる
新たな感情をおいておくための空間

置きどころの無い悲しみをほんの一時置いておける空間

あふれ出す愛しさをこぼさず受け止めておける空間



   そう考えることができれば

           
             ≪空≫は決して≪虚≫にはならない



↓哲学してるつもりはまったく無いのですが、”コトバを捕らえるために”クリックお願いします。
にほんブログ村 哲学ブログへ

by fusyou-kumahachi | 2006-05-11 00:55 | yume

<< 『け』 携帯電話 ケイタイ-デンワ    『き』 嫌い きらい キライ >>