『ろ』 隴を得て蜀を望む  ロウヲエテ ショクヲノゾム

一つの望みを達しても さらに大きな望みをいだく

ヒトのココロの 欲の深さは計り知れず
何かを手に入れても 満たされることは少ない

いまその手の中に 何も持たないヒトは
まずは右手を伸ばして何かを摑もうとする

右手に何かをつかんだのちに
左手が空いていることに気付く

左手にもつかめる何かを求めて
つぎの得物を追いかける

両手がそれでふさがってしまっても
目の前に欲しいものがあれば
両腕を使っても それを抱え込もうとする


欲望というものの奥深さ
欲望というものの罪深さ

欲望に支配されてしまえば ココロの安らぎを失い
辛い思いが重なってしまう
それでもヒトは 求めることを
辞めてしまうことをこそ 恐れる



満足というコトバを知れば
ヒトはどれだけ救われるだろう

満足というコトバを知っても
それを使う時を知らない
満足を知ってしまうと そこですべてが終わるかのように
コトバにしてしまうことを 意識的に避ける

確かにそれは 正しいけれど
確かに前には進めるけれど
いつまでその辛さに ヒトは耐えるのだろう
何かを両手に抱えるために
落としてきたものも あるはずなのに

ヒトが求めるのは モノだけでなく
ヒトのココロさえ手に入れたがる

わたしにしても つねに貴方の
ココロの奥まで手に入れたがる

貴方の何を手に入れれば
わたしは満足するのだろうか

手に入れたいと思うほど
かえってココロは辛くなり 離れていってしまうのに



『 隴を得て 蜀を望む 』

過去のヒトののこした過ちを 知っても人は繰り返す
幾度となく 際限もなく



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by fusyou-kumahachi | 2006-06-18 03:56 | ututu

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