apologize 謝罪  

「ごめんなさい」を素直にいえなくなって もうどれくらい経つだろう
幼い頃は 素直に言えたコトバ

ありがとう と ごめんなさい
日常の中に このコトバはあった

年齢を重ねていくうちに
素直なココロは 次第に奥へと追いやられ

だって
でも
そんなつもりじゃなかった という
自分をかばうコトバばかりが 次々とわたしを追い詰める

もっと素直になりたいのに
ごめんなさいと言いたいのに
涙ばかりが流れても
コトバはのどに詰まったまま

そんなわたしを わたし自身が嫌悪する

「すみませんでした」
「申し訳ありませんでした」
仕事や外でのトラブルのときは
考えるより先に 謝っているわたしがいる
相手が遠いヒトのとき なぜか素直に謝れる

大切なヒトに対した時こそ 素直に謝りたいはずなのに
なぜかココロは 頑なになる

ココロの中では 
こんなに後悔をしているのに
こんなに反省をしているのに
何で判ってくれないの
相手を責める気持ちさえ出てしまう

「ごめんなさい」

そんなわたしに貴方が言ってくれたコトバ
そのコトバがどんなに大切だったのか
わたしはそのときに気が付いた

「反省」はわたし自身を癒すためにすること
自分の過ちを認め
二度と繰り返さないと決めることで
わたし自身が癒される

「謝罪」は傷ついた貴方を癒す言葉
反省をしたり 後悔をしていることを
きちんとコトバに乗せて貴方に伝える事ができたら
貴方のココロも 少しでも軽くできるかもしれない

わたし自身が 貴方の「ごめんなさい」のヒトコトで
こんなにも癒されているのだから
貴方がわたしの悲しみを 判ってくれたと感じる事ができるのだから


きっとわたしもこれからは
「ごめんなさい」を言えるだろう
このコトバは誰のためにあるのかを
きちんと知る事ができたから
大切な貴方が癒されるなら 何もためらう必要はない





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by fusyou-kumahachi | 2006-06-26 01:35 | ututu

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