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When いつ? Why なぜ?

貴方がわたしのココロから
消えなくなってしまったのはいつからだろう

きっかけはきっと些細なこと
思い出すことさえ いまは出来ない

この想いは いつ貴方に届くのだろう
想像することさえ出来ない

この想いが 結末を迎えられるのはいつの日だろう
わたしには 決めることさえ出来ない

いつ始まったのかさえ わからないココロ
ココロでは ずっと貴方を想っているのに
現実では 何も始まってはいない

いつ この想いを貴方に伝えるコトが 出来るのだろう
なぜ この想いを貴方に伝えるコトが 出来ないのだろう

いったい いつ? いったい なぜ?
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by fusyou-kumahachi | 2006-08-31 23:38 | ututu

white    白

hide-and-seek
please find me

貴方の眸には わたしは映っていない
わたしは確かに 此処にいるのに
貴方には わたしを見つけられない

貴方のココロに わたしのコトバは届いていない
わたしのコトバは 此処にあるのに
貴方には わたしのコトバは届かない

見えないだけで 確かにあるもの
気が付かないだけで 目の前にあるもの


わたしはここだよ 見つけてくれた?
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by fusyou-kumahachi | 2006-08-30 21:30 | yume

value     価値観

Value judgment 
ヒトはそれぞれに 自分だけの価値判断をしている

名前に価値を見出すヒト
モノにしか価値を見出せないヒト

時間 空間 自由
目に見えないものだからこそ
価値を見出し大切にするヒト

大切なものは ヒトそれぞれ
価値を見出すのも ヒトそれぞれ

おなじ価値観を持つヒトと
暮らすコトは 楽なこと

おなじものを 大切にして
おなじものに ヨロコビを感じ
おなじ哀しみに 涙する

平穏に 無事に暮らすために
ヒトは自然にそれを選ぶ

争いごとを避けるため
基準となる価値を決めるコト
集団の中では 大切なコト

それにはきちんと従うこと
ヒトとして生きるためには 必要なこと
 
それを周りに押付けること
ヒト同士が 争うタネをばら撒くようなこと

value judgment 
みんなが納得する価値は
いったい誰が決めるのだろう
いったい何処にあるのだろう

貴方が大切にしているもの
貴方が価値を感じているもの
わたしはそれも大切にしたい

わたしにとって
貴方はとても大切だから
貴方が其処にいてくれる
そのことこそが 価値あること

わたしの value judgment 
貴方の value judgment 

同じかも知れない
違うかもしれない

それでもわたしは 否定しない
貴方が価値を見出すもの
貴方が価値を見出さなくても

わたしが価値をみつけたもの

どれもこれもがわたしにとって
大切にしたいものだから

貴方の存在すべてが わたしにとって
価値あるヒトリの ヒトだから




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by fusyou-kumahachi | 2006-08-29 19:27 | ututu

Voice     コエ

貴方と話したい
貴方に伝えたいコトバがココロからあふれ出している

あふれ出したコトバが 涙に変わって
眸からあふれ出しそうなときに
見つけてしまった 貴方の姿

ココロの整理が付かないまま
わたしは貴方の隣に 座り込んでしまう

わたしの姿を見つけ
立ち上がってくれていた貴方は
黙って隣に腰を下ろす

貴方がわたしを見つめる眸
その優しさに甘えて
わたしはココロの中で涙に変わりかけていたコトバを
コエに出すことで ひとつひとつ昇華させてゆく

目の前にいる貴方に伝えるために
わたしのコエが 貴方のココロまで伝わるように

貴方の眸を見つめ続けるコトができなくて
貴方の手を見つめながら コトバを探す
コトバがなかなかコエにならない
コトバがまた 涙に変わってしまいかける

そんなわたしに貴方がかけてくれるコトバは
柔らかなコエとなって わたしのココロに静かに触れる
俯いたわたしの上を 通り過ぎてしまう事は決してなく
貴方のコエは わたしのココロに 波長を合わせるように
自然にココロにたどりつく

ふと 目を上げると いつも貴方が見つめていて
首をふと傾けて わたしのココロのコエに 耳を澄ませてくれる

伝えたいコトバはただ一つ 
だけど今はいえなくて
代わりのコトバを
いくら探しても 見つからなくて
もう一度わたしは目を伏せる

聞いているよ
聞こえているよ
ココロをコトバにして欲しい
コトバをコエに出して欲しい

貴方の眸がわたしに語りかけている
貴方のコエが ココロにとどく

貴方のコエが 耳にもとどく
わたしのココロを促すように
わたしのココロのコエに 共鳴するように

ささやくように
なだめるように

コトバにコエの波をあわせて
わたしのココロの波にあわせて

コエに出さなければ伝わらないコトバ
コエの波で伝わり方が違うコトバ

貴方ほど 豊かなコエでは話せないけれど
わたしのコエで
貴方のココロに伝わるように

もうすこし ココロを整理して
あとすこし ココロの波をととのえて
そうすれば きっとココロはコトバに変わる

そしてコトバは コエになり
貴方の耳へ
静かな やわらかな波となって
貴方のココロに きっとつたわる



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by fusyou-kumahachi | 2006-08-28 03:03 | ututu

Ugly duckling     醜いアヒルの子


兄弟はふわふわ たんぽぽ色
この子だけは薄汚れた 灰の色
莫迦にされ 蔑まれて
いじめられて哀しんでいたけれど
ある日水面に映ったのは
醜い灰色の子ではなく
美しい一羽の白鳥だった…



わたしだけがヒトと違う 
わたしは醜いアヒルの子
それでもいつかは大きくなって
美しい白鳥になれるはず

今はたとえ仲間はずれでも
美しく羽ばたく自分を見たら
きっと認めてくれるはず
いつか必ずそんな日が来る

わたしのココロの支えには 
いつも灰色のあの子がいる
Ugly duckling 醜いアヒルの子

貴方はわたし

だからわたしは
きっといつか白鳥になる
その日を夢見て 待ち続ける
『醜いアヒルの子計画』

そんな思いを抱いてきたけれど 
わたしは今もヒトのまま
アヒルではなく 白鳥にもならない

けれどもわたしはヒトだから 
おなじヒトの 貴方とは 
そんなに違うわけではない

少しは違うけれど 貴方とわたし 
アヒルと白鳥ほどには違わない
やっとその事に気がついた

貴方とは違うところがあるけれど
それが「醜い」とは限らない
わたし「だけ」が違うとも限らない

わたしが比べてきた「貴方」さえ
ほかのヒトとは 少し違う

わたしのココロの中に住む 
灰色の醜いアヒルの子

貴方のココロの隅っこにも 
コッソリ住んでいたのかもしれない

貴方のココロの中に住む
Ugly duckling に気が付いたとき
わたしのココロの中のUgly duckling 
灰色の醜いアヒルの子は
灰色の姿のまま
嬉しそうに飛び立っていく

灰色のままでいいんだよ
僕はそれでもシアワセだよ
だからきっとあなたのままで
シアワセが見つかるはずだよ
 と
ちいさなカードを一枚残して

貴方のココロの中にいた
灰色のアヒルの子と 仲良く二羽で
羽ばたいてゆく

わたしはそれを黙って見送る
わたしと違う貴方のトナリで
貴方と違う わたしのままで





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by fusyou-kumahachi | 2006-08-26 05:01 | yume

uncle and aunt    おじさん・おばさん

父親 母親 兄もそうかな
わたしの縦の線の上にいるヒト

先生 上司 先輩もはいるかな
わたしの縦の線の上にいる 目上のヒト

彼らはわたしより経験があり
知識があり
チカラもある
わたしの縦の上にいるヒト

時にわたしに命令し
わたしを指図することもある
それでも尊敬できるヒト
きちんと従うことも出来るヒト


夫婦 同僚 友達
そして大切な貴方
今は此処にはいない人もいるけれど
わたしの横の線の上のヒト

同じ立場
通じ合う気持ち
手を繋いでいてもおかしくはない
何でも言える
同じ場所で相談もする
そして互いに尊敬もする
わたしの横の線の上のヒト

タテの線 ヨコの線
どちらの線もわたしには 大切なヒトタチ

それでもうまく行かないときが必ずある
タテの関係に息が詰まりそうなとき
ヨコの関係では進む道が見えないとき
わたしはもうヒトツの線を頼る

Uncle and aunt 
大切なおじさん・おばさん

相談相手・助言者 慕われるヒト

血がつながっていてもいなくても
すぐ側にいてくれる
斜めの線の上のヒト

親のように 上司のように
真上にいるわけではなくて
話をうまくそらしてくれる

友人のように 同僚のように
横にいるわけではなくて
少し上から 見ることで
違ったコトバをかけてくれる

真上からは見えない事も
真横からは見えない事も
斜めからは見渡せる そんな不思議な眸を持って
いつもわたしを見つめてくれる

わたしが気が付かない事も そっとアドバイスしてくれる
上や横しか見えない視野に 斜めの景色を見せてくれる
それがとってもありがたく
それがなければとても苦しい

縦も横も斜めもあって
はじめてすべてが見渡せる
タテ・ヨコ・ナナメの関係が
わたしというヒトツの点を つねに支えてくれている


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by fusyou-kumahachi | 2006-08-24 01:54 | ututu

tick-tack-toe      マルバツ(三目並べ)

黒板にチョークで「♯」の形を書く
じゃんけんぽん あいこでしよ

勝ったら○
負けたら×

三つ並んだら勝ち
三つ並べられたら負け
どっちも並ばなかったら引き分け

まだ 小さいころに遊んだマルバツ
じゃんけんで勝った方が そこで勝ち
どうすれば勝てるかをまだ知らなかったから
先に三つ並べられる 先手が必ず勝っていた

自分だけが 三つ並べたい
早く三つ 並べたい
その思いは みんな一緒
だからたいてい 早いもの勝ち

もう少し大きくなると
勝負はつかなくなってくる
自分が三つ並べるだけでなく
相手が三つ並べる事を 邪魔するコトが出来てくる

自分も三つ並べたい
相手も三つ並べたい

勝つためにはどうすればいいのかより
負けないためにはどうすればいいのか
考えるチエが付いたとき
勝負は必ず引き分けになる

それでも飽きずに 繰り返し
マルバツに夢中になったのは
ヒトは必ずミスをするから
その駆け引きが面白いから

いつもは真ん中に○を書く
相手の×は左上
だったら今度は右上に 最初の○を書いてみよう
そんな工夫を繰り返すうち
勝負がつく瞬間が来る

わたしの勝ちよ
お前の負けだ

そんなたわいのないやり取りに
夢中になれたときがある

いつしかそんな時を忘れ
マルバツをする事もなくなる

お互いがベストをつくすとき
必ず引き分けになる事を知り
ミスもしなくなったとき
楽しさも同時に失ってしまう


それでも時々思い出し 
ノートの隅に「♯」の形を書いてみる

ねぇねぇマルバツやろうよ
じゃんけんぽん あいこでしょ

きっと貴方のココロにもある
懐かしくて たわいのない
罪のない たたかいのキオク




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★tick-tack-toe★
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by fusyou-kumahachi | 2006-08-23 03:52 | yume

touch     貴方に触れる  

手が触れるほど 近くにいても
貴方に触れる事はない

貴方の手を見つめながら
そっと重ねたいと思いながら
それでもわたしは 貴方には触れることはない

わたしと話をするときには 
当然のように
向かい合って座っていた貴方

そのときには
手を伸ばして触れようとさえ思わなかった

今は当然のように
貴方は わたしの隣を選んでくれる

離れている距離は同じはずなのに
わたしは手をそっと伸ばして 
貴方に触れてみたいと思う


正面から真直ぐわたしを見つめていた
以前の貴方の眸からは 
見つけられなかったヒカリ

同じ方向を見つめながらも
時折確認するように
ふっと横に向けられた眸から
わたしは探していたヒカリを見つける

そのヒカリは真直ぐに
わたしの眸を 透りすぎ
わたしのココロに触れてくる

その感触を確かめるとき
わたしのココロは ヒカリに満ちる
わたしのココロは 温もりに満ちる
わたしのココロは シアワセに満ちる

わたしは貴方のヒカリを見つける事が出来たから
貴方に触れる事がなくとも
貴方の温かさを感じることができる

それは離れていても 近くにいても
触れていても 触れていなくとも

いま わたしは貴方のコトバの中に 
ヒカリを見つける事が出来る
いちど貴方の眸に見つけたヒカリを
わたしは二度と見失わない

どんなに離れていても
時間さえ隔てていても
貴方は わたしを抱きしめる

わたしの中にうまれたヒカリを
貴方も見つけてくれていますか
わたしのヒカリは
貴方のココロに 触れていますか

わたしのコトバは
貴方を抱きしめる事が出来ていますか

貴方はいまも わたしを優しく抱きしめている

わたしも貴方を 抱きしめたい
貴方のココロに触れていたい
わたしのコトバは
貴方のココロに 届いていますか



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by fusyou-kumahachi | 2006-08-21 21:46 | yume

shower of words   降り注ぐコトバ

たくさんのヒトと話していても
いってはいけない気がするコトバがある

まわりのヒトは同じ気持ちでいてくれだろうか
貴方は「そうだね」とうなずいてくれるだろうか

大切なコトバだからこそ
否定されてしまうのは辛い
受け止められなくて行き場のないコトバは
小さな無数の棘となって ちくちくとココロを刺す

それでもココロを伝えたくて 
そっとコトバをならべておいて
貴方の様子を伺ってみる

貴方は「そうだね」とうなずいてくれるだろうか
そっとよけて通り過ぎてしまうだろうか

不安が胸の中に満ちて 
まるでのどが渇くように
ココロが空カラになってしまう

そこに降り注ぐコトバの雨

「わたしも同じ思いだよ」

貴方からのコトバが 
静かに 静かに 降り注ぎ
乾ききったわたしのココロを 潤してゆく

ココロに満ちていた不安が 
貴方のコトバが降り注ぐたびに
やさしさと アンシンに 置き換えられていく 

貴方にわたしから返すことのできるのは
「ありがとう」のコトバだけ
貴方のココロに 今はそれだけしか返せないけれど
わたしのシアワセは 伝えられるでしょうか

せめて今一度くりかえし 貴方に伝えたい
貴方がくれた すべてのコトバに「ありがとう」と・・・



みなさまへ
お休みが終わったとたんに仕事に忙殺されてしまいました。こんなはずではなかったのに、今年はなんだか忙しいです・・・
みなさまのコメントが増えていくたびにお返事もできないコトがもどかしくて・・・
特にチェルシーさん、あやさんへ
初めてお越しいただいたにもかかわらずご挨拶もできずに申し訳ありません。
いつもコメントをいただくみなさまにも合わせてお詫びいたします。暫くお待ちくださいね☆
これに懲りずにぜひまたお越しくださいますようお願いいたします。
こんなところで言い訳をするのも今回限りにしたいと思います。
                                  しばし巣篭もりのkumahachiより



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by fusyou-kumahachi | 2006-08-18 01:20 | ututu

sensou     戦争

戦争が終わって 僕等は生まれた
戦争を知らずに 僕等は育った


わたしは確かに第二次世界大戦を知らない
家にある祖父の写真は 海軍の兵隊さん
その写真を嫁入り道具に忍ばせてきた母でさえ 戦争を知らない

わたしは年老いた祖父を知っている
祖父を静かに見送ることさえ出来た
それは大切な シアワセの記憶

わたしは戦争が終わって生まれた
わたしは戦争を知らずに育った
それは第二次世界大戦に限ったこと

戦争はわたしが生まれてからも あちらこちらで起きている
きっとわたしが生まれたその日にも
世界のどこかで 争いで人が死んでいた

戦い争う事が戦争ならば
テロと戦争のどこが違うのだろう
争いで人が死に 悲しみが満ちる事に違いはない
そこで巻き込まれて亡くなったのは
わたしたちの 大切なヒトタチ

戦争が終わって生まれた
戦争を知らずに育った

そんなコトバで戦争を知らないと自分の事を語りたくない
知らない事はない
今目の前でも争いは起こっている
自分のこととして捉えていないだけ

昨日停戦が発効されたひとつの戦い
わたしには何の関係もない戦い
それでもすぐ近くにはUNDOFとして 
たくさんの日本人が駐留している
彼らが戦いに巻き込まれなかったのはただの幸運
いつ戦禍が飛び火してもおかしくはなかった

彼らが死んだかもしれない
彼らがヒトを殺したかもしれない

其処にいるのは 貴方の大切なヒト
其処にいるのは わたしの大切なヒト

決して無関係ではない戦い
当事者ではないと 知らん振りをしている間に
大切なヒトを失ってしまうかもしれない
そのときになって気が付いても遅い

将来 戦争がはじまっても
わたしは戦いにゆくだろうか

わたしが年老いていても
大切な甥っ子は 駆り出されてしまうだろう
まだ見ぬわたしの子供さえ 取り上げられてしまうかもしれない

だからせめてわたしは知らなければならない
今 起こっている戦いを
そしてせめて学びたい
戦わないで暮らす すべを

何も出来ないかもしれない
何かが出来るかもしれない

知らなければ はじまらない
知らなければ わからない

今日聞いた蝉の声
オーシーツクツク オーシーツクツク
モウイイヨ モウイイヨ・・・・・・・

きっと戦いが終わった日にも同じように啼いていただろう
オーシーツクツク オーシーツクツク
モウイイヨ モウイイヨ・・・・・・・

同じ夏は 幾度となく繰り返される
それはわたしたちのシアワセ

同じ過ちだけは 繰り返さないよう
わたしたちの シアワセのために



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終戦の日によせて…
まだ、何も知らないでいるわたしが書いていいのかとかなり躊躇しました。実際にわたしは何も知らないから。
それでもやはり今日書いておきたいと思いました。今日の気持ちを忘れないために…
いつもと雰囲気が違うので困惑されている方・・・ごめんなさい。
でもこんな事も考えているkumahachiでもあります。
※『戦争を知らない子供達』 作詞北山   修 作曲 杉田 二郎

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by fusyou-kumahachi | 2006-08-15 21:39 | ututu